印鑑職人・秀碩の足跡と独白

秀碩は昭和7年1月、父親の仕事の関係で台湾に生まれ、
翌昭和8年に一家で父親の故郷、金沢に戻りました。
そして小学校6年生の夏、あの敗戦を迎えます。

松崎 秀碩(本名:秀夫) 享年81歳
印鑑職人・松崎秀碩

昭和21年 小学校卒業後、地元金沢の広瀬印房に奉公する
  28年 上京し、篆刻家・関野香雲に師事
  32年 第5回大阪印章技術展覧会で金賞を受賞
  33年 第6回大阪印章技術展覧会で銀賞を受賞
  36年 第9回大阪印章技術展覧会で銅賞を受賞
  43年 東京印章協同組合技術講習会 助講師に就く
  45年 有限会社文福堂印房 取締役に就任
  47年 労働大臣検定 印章彫刻一級試験に合格
     東京印章協同組合技術講習会 講師となる
  55年 この年より全国印章技術競技会審査員を5回務める
  60年 東京印章協同組合技術講習会 主任講師に就任
平成元年 東京印章協同組合技術講習会 主任講師を辞任
  7年 東京都世田谷区奥沢に店舗を兼ねた工房を開く
  19年 奥沢工房立ち退きにより、目黒・不動前に移転
  25年 1月20日をもって引退。同3月8日に永眠

印鑑職人 秀碩の独白
このたびは「秀碩の工房」にお立ち寄りいただき、
心より御礼申し上げます。

さて、上の来歴をお読みただいた後で、
こんなことを申し上げるのもどうかと思いますが、

私は決して、当代一の印鑑職人ではありません。
また私自身、そんなことを思ってもいません。

日本中を見渡せば、
私より技術的にすぐれた職人は少なからずいることでしょう。
また、類稀なる芸術的センスを発揮して、
私などとても思いつかないような素晴らしい印鑑を彫刻する
若い職人も知っています。

私自身のことで言えば、かつて拝刻したいくつかの天皇御陵印も、
宮内庁から篆刻家・松丸東魚氏を通じて業界団体に打診があり、
そこで選ばれた数人の中の一人に過ぎません。
(選ばれたこと自体は極めて光栄に思っています)

また、鈴木善幸氏、中曽根康弘氏の私印を手がけることができたのも、
首相官邸から、当時私が彫刻の仕事をいただいていた
虎ノ門の長澤印店(既に廃業)にその発注があり、
長澤の亡き社長がその大役に私を抜擢してくださったからです。

そんな私ですが、誇れるものがあるとすれば、
昭和21年に13歳でこの道に入って以来約67年の間、
愚直なばかりにまっすぐに、印鑑彫刻一筋で生きてきた、
ということでしょうか。

概算ではこれまで彫刻した印鑑は60,000本と記されていますが、
正確な本数は私自身にもわかりません。
しかし、ひとつだけ申し上げられるのは、

その中の1本たりとも、ほんの少しでも手を抜いたことは断じてない、

ということです。

天皇御陵印であろうが、総理大臣私印であろうが、
わずか10mm丸の小さい認印であろうが、
目の前の1本に、常に全力で向き合ってきました。

それは、

「印鑑を彫ることが楽しくて楽しくてたまらない」からです。

ただただ、この上なく好きなのです、印鑑を彫ることが。

          

20歳のときに上京して、篆刻家・関野香雲に師事し、
そこで書を習いに来ていた印鑑屋の跡取り娘と知り合い、
やがて結婚、つまり婿入りしました。

結婚当初は創業者であった義父=妻の父=
(これがまた典型的な明治の男で、実に怖い人でした)の手前もあり、
店で客を待っていても仕方ないと思い、
勇気を振り絞って近くの区役所や図書館に飛び込みましたが、
なにせ営業は未経験、けんもほろろで相手にもされませんでした。

がっくりとうなだれて店に戻ると、妻に
「あなたには腕があるのだから、それを磨いてくれればいい」
と逆に励まされました。
うれしいやら恥ずかしいやら悔しいやらで、涙がこみ上げてくると同時に
「これからは印鑑彫刻一筋で家族を食わせてみせる」と、
心ひそかに誓ったのを思い出します。

それから50年と少し、それなりに紆余曲折はありましたが、
店の売上げ・経理(つまり経営ですね)は妻に任せきりで、
ひたすら良い印鑑を彫り上げることだけに没頭してきました。
好きなことをやらせてもらって、妻には感謝するばかりです。

印鑑職人の修業は文字通り三日坊主で早々に断念し(笑)、
それ以来、私とは正反対の営業畑を長く歩いてきた愚息が、
今から12年前のある晩、
「親父の技術や人となりを紹介するホームページを作ってみようか。
注文が来るか来ないかは全然わからないけど、それはともかくとして、
興味深く思ってくれる人がいたら、それだけでうれしいから」と、
珍しく興奮気味に話したのを、昨日のことのように鮮明に覚えています。

早いものであれからあっという間に12年が経ち、
その間この「秀碩の工房」ホームページは、おかげさまで
思いもかけないほど多くのお客様方にご愛顧いただいて参りました。
たくさんの印鑑を彫る機会に恵まれたことを、
ほんとうに心からありがたく思っています。

私も今年で80歳です。
ひょっとすると、ご注文をご検討いただく際に、
私の年齢が心配?というお客様もいらっしゃるかもしれません。

その点はどうぞご心配なく、まだまだ彫ります。彫れます(笑)。
目も腕も全盛時とほとんど変わらないつもりでいます。
(耳は多少遠くなりましたが…)

先ほども申しましたが、私は印鑑彫刻一筋に生きてきました。

酒はほとんど飲みません、というより、アルコールを受け付ない体質です。
タバコもだいぶ以前に止めました。
ギャンブルの類も一切しません。
ボーリングはその昔よくやりましたが、
ゴルフクラブは握ったこともありません。
運転免許も当然のように持っていません。

印鑑彫刻以外の趣味はといえば、展覧会巡りだけ。

夕食はできるだけ控えめにして夜9時には就寝し、
たっぷり眠って毎朝4時にはスッキリと起床、
始発電車で工房へ向かいます。

しかし実のところ私は大食漢で、
先日もうなぎ屋で、前菜にいろいろと食べた上で、
満腹になった妻が残した半分を含めて
うな重1人前半をペロリと平らげてしまいました。
それで胃薬飲んでりゃ世話がありません。
一向に衰えない食欲には、我がことながら呆れます(笑)。

からだは、10年ほど前に心臓付近の血管のバイパス手術を受けましたが
それ以来、以前にも増して健康を保っています。
好きな仕事を存分に楽しんで、
ありがたいことにストレスなどは微塵も感じません。

あ、そういえばもう一つ趣味があるのを忘れていました。
病院巡り(笑)。

ちょっと頭が痛いとか、熱っぽいとか、
あるいは胃が重いとか(これはほとんどの場合、食いすぎ)、
そんなわずかな症状でも、すぐかかりつけの医者に診てもらいます。

その他、目医者、歯医者など、財布は診察券で膨らんでいます(笑)。
しかしそれもこれも、今どこが悪いということではなくて、
あくまで予防のための定期検査です。

そこまでして稼ぎたい?とお思いでしょうか。

無論それもないとは申しません。
しかしそんなこと以上に、生涯現役でいたいのです。

…いや、というよりは、この命が続く限り、
いつまでも大好きな印鑑を彫っていたいのです。

数年前、誕生したばかりの娘さんの銀行印をご注文いただいたお客様から

「この娘が嫁に行くとき、新しい姓の印鑑を彫って欲しい、
そしてできれば、娘が産む孫の印鑑も彫ってもらいたい」

という、何ともありがたい、励みになる注文のご予約をいただきました。
もちろんそれは「いつまでも元気で」というお気遣いに過ぎないのでしょう。
現実的には、さすがにちょっと厳しいかもしれません。

それでも私は、なんとかしてそのご期待に応えたいと思っています。

そんな素晴らしい印鑑を、ぜひとも彫らせて欲しいと願っているのです。


生前頂戴したご厚情に心より御礼申し上げます。


貴重なお時間を一方的に拝借して、たいへん失礼申し上げました。
実は意外に饒舌な職人でした。(愚息談)

続いては、生前の秀碩の製作工程をご覧に入れます。




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